浦 一也の
旅のバスルーム

2018年 夏号ベトナム・ハノイ
─ ラ・シエスタ 喧騒のまっただなかに泊まる

 前回に続きハノイのホテル。
 高級ホテルに何日も泊まってはいられないとばかり、3日目にフレンチ・クォーターから旧市街のリーズナブルなホテルに宿を替えた。
 無数の「月光仮面」(*1)のようないでたちのバイク軍団にひき殺されそうになりながらホテルにたどり着く。
 なかなかいい。デザインはあっさりしているが好ましい。ダイニングルームの食事もおいしいし、いろいろな案内も親切。スパもある。すぐ近くの安レストランや古民家展示もいい。路上では小さなプラスチックの椅子を出してきて調理や食事や散髪(!)をしている。舗石がガタガタの歩道はどこも駐車場になり、歩行者信号は消えているから決死の覚悟でバイクが激しく行き交う車道に踏み出す。心臓に悪い。その程度はホーチミン市よりすごいかもしれない。安全を求めてシクロ(*2)に乗ったのだが、それでもスリルはある。でもこの猥雑さは香り高き街とは違ってなんとなく私を元気にしてくれるのだ。
 案内された部屋はデュープレックス(メゾネット)・タイプのスイート。案内の女性はどうだと言わんばかりに説明してくれる。立体的だから絵を描くととてもおもしろいのだが、トイレやテレビは上下階2カ所にあるもののワードローブは下の階だけで、外の景色が見える窓もない。ランタンみたいなものがぶら下がっているだけ。吹抜けにまわり階段があってバゲッジを携えての上り下りは危険きわまりない。
 2泊目からは頼んでルームをチェンジしてもらった。床はフローリング。バスタブはないが落ち着いた普通の部屋。小さいがじつはこのほうがよほど使いやすい。やはり「20世紀ヒルトン型平面」にはかなわないのだ。屋根が連なる景観や窓まわりはまるでパリ。
 ハロン湾(*3)まで足を延ばしてみる。
 奇怪な形の島が無数に海にそそり立つ夢のような景観。石灰岩台地が太古に沈降し侵食されたという。クルーズの観光船はそれらをパノラマのように見せながら滑るように進む。天気はいまいちだったが、これはこれで水墨画に入り込んだようで神秘的。ガスのなかからヌッと島が現れたりする。もちろん音もない。船ではテーブルクロスがセットされて昼食。浮き桟橋に着岸すると木造の小さな手こぎボートに分乗し、鐘乳石だらけで頭がぶつかりそうに低い洞窟を進む。海水が明るく透明で空中に浮いているように錯覚する。
 市内に戻り「どこかおもしろいところはないか」とたずねると「ナイマキ」という答え。よくよくたずねると、それは週末の夜にだけ出現するという「ナイト・マーケット」のことであった! あの喧騒の道路が歩行者天国になって、深夜までビアホールか夜店のようにすっかり様相が変わるのだ。それでもなぜか時々バイクがいたが……。

   

*1 月光仮面:1958年頃にテレビ放映された冒険活劇。主人公は白の全身タイツ、ターバン、マフラー、マントに、サングラス姿でオートバイに乗って現れる。
*2 シクロ:ベトナムやカンボジアの人力タクシー。ここでは前輪2、後輪1で客が前に座る。
*3 ハロン湾:ベトナム北部、トンキン湾北西部にある世界遺産。大小3000余の島がある。

Hanoi La Siesta Hotel & Spa
Add  94 Ma May Street, Old Quarter, Hoan Kiem District, Hanoi, VIETNAM
Phone +84 24 3926 3641
URL  https://www.hanoilasiestahotel.com

  • 浦一也氏の画像

    浦 一也Ura Kazuya

    うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。