特集

2018年 夏号 移築のすすめ‑ CaseStudy#2‑瓦屋根を、クレーンで移設

作品/「高岡のゲストハウス」
設計/能作文徳+能作淳平

1棟の住宅が分解された。2階建てを平屋に減築し、一部を中庭化。そして、瓦屋根をクレーンで移設。座敷棟、ゲストルーム棟、食堂棟という3つの建物に生まれ変わった。

 富山県高岡市の、駅から離れた住宅街。古い家屋と新興住宅が混在するなかに、3棟の小ぶりな平屋建てが瓦屋根を抱いて立っている。モルタルのグレイッシュな壁と、深く濃いグレーの日本瓦が連なる建物群は庭のなかに間隔をおいて点在し、見慣れない風景を生み出している。
 これらの建物は、元は2階建てとしてつくられた1棟の住宅を分解、また新築を加えながら再構成してできたもの。道路から奥まった部分に位置する「座敷棟」と、その手前にある「ゲストルーム棟」は、以前はひとつの建物であった。建物の一部を撤去してできたオープンなスペースを介して南側前面道路に沿って立つ「食堂棟」は、基礎と柱梁は新設されている。小屋組と瓦屋根は、以前は住宅の2階部分にあったものが移設されたものである。

最短距離の移築と部分的な移築

 築38年がたって老朽化し、修理が必要であった建物の継承と再生にあたり、能作文徳さんと淳平さんの兄弟は「瓦屋根」に注目した。40年近く前は田畑のなかに1軒だけ立っていた住宅は、近年になって周辺の宅地開発が急速に進み、新興住宅に埋もれるような格好に。それでも瓦屋根は、持ち家を建てることの象徴として存続し、街の景観をつくっていたことから、能作兄弟は瓦屋根を残し活用することにしたのである。ふたりは家に架かる屋根を「基本単位」としてとらえ、小屋組の移設、また解体と減築を検討していった。屋根が基本単位であることを象徴するのは、食堂に架けられた寄棟屋根だ。2階部分にあった屋根と小屋組はいったん切り離され、地面に置かれた後、柱梁の構造体の上に架け直された。この移設は、いわば最短距離の移築といえるだろう。建物全体の移設であれば曳家であるが、一部を切り分けることのできる木造の利点をうまく生かした、部分的な移築ともいえる。そして、周辺の田畑のなかで目立っていたであろう寄棟屋根は、移設によって近隣の新たな顔となっている。
 元の建物は、じつは、設計した能作兄弟が、子どもの頃に、祖父母と両親とで暮らした家だ。能作兄弟が小学生のときに両親とともに街なかに引っ越した後、建主の祖父は他界。一人暮らしで身体の不安が徐々に増す祖母の様子を、家族で見守りたいと始まったプロジェクトである。新築か改修かという選択肢から、瓦やみごとな木彫りの欄間、雪見障子などを残すことを考え、また祖母が住みながら、工事することを優先させ、パーツだけではなく建物自体を根拠にして活用するリノベーションに至った。座敷棟は、続き間に浴室・洗面・トイレ・キッチンの水まわりを増築したもので、祖母が暮らす家に。ゲストルームは、仕事やプライベートで帰省する文徳さんと淳平さん、またお客さんが泊まる場所に。食堂は、おもに能作さんの母親が主宰するチーズ教室やワークショップ、パーティなどで人が集える場所に。既存木造家屋は減築、解体、移設によって、家族がこれから必要とするニーズに見合う集合体となった。

過去と未来をつなぐ3つの建物

 座敷棟では、元の和室の続き間を残し、畳が張り替えられた。天井ははがして既存の小屋組を現し、座敷に残されていた欄間や襖、雪見障子がリユースされている。外壁にはセルロースファイバーを充塡し、シングルガラスのアルミサッシ窓はペアガラスのアルミサッシ窓に取り替えられた。庭に面した廊下は、庭の小石を混ぜてかき落とし仕上げとした土間に。ここでは雪が積もり湿度の高い冬でも洗濯物を干すことができ、植物を育てることができる。水まわり空間は、北側の端に既存の建物と切妻屋根をのばすように増設。仕上げは明るさと清掃性を求めて白を基調とした素材が選択されているが、梁の架け方や間隔は既存家屋のものが踏襲された。文徳さんは「既存部分との距離感を意識しながら、つけたす部分を昔のものに擦りあわせた」と表現する。水まわりでは客と祖母の使い分けができるよう、土間と奥とで回遊する動線を確保している。
 ゲストルームは、元は寝室だった部屋が減築によって離れのようになった棟だ。内部の壁は庭の土を混ぜた荒壁で、左官職人の手によるもの。ふたりは「納屋や牛小屋のような雰囲気を求めた」と言う。窓は、座敷棟と庭に向いた面ではアルミサッシ窓に、中庭に向いた面では木製の引き戸に。この戸にはガラスが入っておらず、茶室のにじり口のような設えとなっている。
 食堂棟では、既存の寄棟屋根の大きさに合わせて全体の大きさが決められた。前面道路側と中庭に面して設けられた、大開口部が特徴だ。どちらにも木製の引き戸が入り、道路側には開口に沿って長大なキッチンのカウンターが造作工事でつくられた。なお、このカウンターには、座敷棟の浴槽と同じくテラゾー仕上げが施されている。「少し前の家づくりで普通に見られていた素材を、積極的に検討しました。改修では当初のものを残すか、便利な既製品とするかという二択ではなく、消えつつある技術をみんなで学びながらつくることができないかと考えたのです」と語る淳平さん。ふたりの感覚は、新旧の対比をことさら強調せず、過去と未来を建物のつくり方や材料でつなげていく方向で、共通している。

クレーンで吊り上げられた屋根

 そして新旧をつなげる感覚は、移設した寄棟屋根に突出して表れている。文徳さんと淳平さんは屋根をどのように残すか、工務店に相談しながら濃密に検討していった。小屋組を解体し、再度組み直して瓦をのせる方法は、高いレベルの技術が要求されるうえ、日数がかかるぶん金額も要する。一方で工務店からは、小屋組ごとクレーンで吊って移動する方法が挙がってきた。今回は寄棟形式で、四周の桁が火打梁によって安定した構造であり、小屋組だけを吊っても変形や崩壊が生じないという見込みであった。ふたりは小屋組と屋根を庭の空きスペースに仮置きして保管できることを確認し、工事を段階的に計画した。
 小屋組は、棟と桁の6点にワイヤーを留め、接合した柱頭部分を切断。クレーンで吊り上げて地面に置いた。寄棟屋根を地面に置いた状態で、いたんだ瓦の葺き替えや、下地の野地板や垂木の補修を足場なしで進めることができた。なお、瓦をはずして確認したところ半分ほどはいたみが進み再利用できず、新たに新潟の瓦製作工場に依頼し、色を既存の瓦に合わせて焼き直したという。また野地板には構造用合板を2枚重ねて張りあわせることで、十分な水平剛性を確保。減築で離れのゲストルーム棟ができ、食堂棟の基礎と柱梁の建て方が終わった後に、小屋組を再びクレーンで吊り上げて食堂棟の上にのせ、緊結した。小屋組の移動はそれぞれ15分ほどの短い時間であったというが、屋根が凧のようにダイナミックに動く様子は彼らのホームページ上の動画で確認でき、興奮を誘うものである。

表面だけではなく古い木造建築のDNAを継ぐ

 普段は別々の事務所で活動するふたりは、このプロジェクトで意見を合わせながら検討するだけでずいぶんと時間がかかったという。しかし、リノベーションをするうえでの新たなベクトルを共有することができたようだ。淳平さんは「これまではリノベーションといっても、新築をよしとする主義が残っていたと思います。ここでは新築も既存の建物と連続している、別の可能性をみることができました。ある程度の時間のスパンのなかで設計し、1本の線でつながっているようにしたい」と語る。文徳さんも「今できることを時間の流れに結びつけながら考えたい」とするが、「新築では、断熱などの性能や構造を意識的に考えられることがメリット。それぞれの特徴を考えながらこれからも設計したい」と語る。形だけ、表面だけの新旧の対比や混在ではなく、この事例のように骨組みや形式、素材や工法といった木造のDNAを受け継ぐかたちで古い建物が移築されるなら、未来へ継承されるリノベーションの姿も、さらに発展していくにちがいない。

  • 能作文徳氏の画像

    能作文徳Nosaku Fuminori

    のうさく・ふみのり/1982年富山県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。07年同大学大学院建築学専攻修士課程修了。10年能作文徳建築設計事務所設立。12年同大学大学院建築学専攻博士課程修了後、同大学大学院建築学系助教を経て、18年東京電機大学未来科学部建築学科准教授。おもな作品=「ホールのある住宅」(10)、「Steel House」(12)。

  • 能作淳平氏の画像

    能作淳平Nosaku Junpei

    のうさく・じゅんぺい/1983年富山県生まれ。2006年武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部建築学科卒業。06~10年長谷川豪建築設計事務所。10年ノウサクジュンペイアーキテクツ設立。おもな作品=「新宿の小さな家」(11)、「ハウス・イン・ニュータウン」(14)、「富江図書館 さんごさん」(17)。

    (2018年7月1日時点)