特集

7つの小屋が、ひとつの大きな屋根で覆われている。雪や雨、寒風、強い西日などから、大屋根が内部を守っている。写真/傍島利浩

2018年 春号 入れ子の家‑ CaseStudy#4‑小屋の上に、大屋根をかける

作品/「雨やどりの家」
設計/三宅正浩+吉本英正

夫婦と子どもたち、そして祖母が同居しながら、それぞれが自分の小屋をもち、適度な距離を保って、暮らしている。それは小屋群の村のようでもあるが、それらが、より大きな屋根に覆われることによって、ひとつ屋根の下で暮らす、家族の器にもなっている。

南側外観。屋根の折板は、周囲のいぶし瓦と石州瓦の屋根に合わせて2色にしている。写真/傍島利浩

 雨は、空から降ってくる。あたりまえのようだけれど、家はそうした日々の自然環境から身を守るために、その形を変える。そうした意味でも、屋根は地域性が最も表れる形のひとつだろう。「雨やどりの家」の敷地は、伯耆富士として知られる大山(だいせん)の麓に位置し、冬には強い風が吹きつけ、また雪の多い地域に位置する。
 この家にかけられた、大きな折板の屋根もまた、こうした自然から家族を守るための形だ。軒の深い、大きな屋根はこの地域の特徴でもある。しかし、周辺の住宅と、この家とが決定的に異なるのは、大きな屋根の下に分棟で配置される部屋もまた、屋根をもっているということだ。この大きな折板の屋根が、自然環境を住環境へと変える役割を担っているとすれば、はて、この小さな屋根はどんな役割を担っているのだろうか。そのヒントは、屋根と屋根との隙間に隠されていた。

大屋根と小屋の隙間

 この家の立つ鳥取県米子市は、年間をとおして降水量も多く、冬にはたくさんの雪が積もる。さらに、敷地の西側は崖になっており、夕方には強い西日を浴びる。このようにさまざまな方向からくる、雨に雪、そして日差しから、住環境を守るために、大きなひとつの折板の屋根が、まずは計画されたのである。
 この折板屋根の天井は、最も高いところで7mほどもある開放的な空間だ。しかし開放的すぎても、生活するには落ち着かない。それは誰しも同じだろう。そのため、各部屋にはそれぞれ屋根がかけられ小さな空間をつくっている。その姿は、まるで小屋のようだ。
 その「小屋」の配置を見ると、南側の玄関側に寄せられているのがわかる。また、窓も少ない。本来ならば、南から光を取り入れるべく、南側に向けて、広い開口をもつべきなのだろう。しかし、そこは三宅さんの建築家としての勘が働いた結果だ。設計時には、南側には同様に売りだされていた土地が残っていた。そうした状況がこれからも続くのであれば、南に開くことも考えられただろう。しかし、もしこの先、ここに何か住宅が建てば、途端にこの家は他人の視線にさらされてしまうだろう。そう三宅さんは考え、あえて南には開かないという決断をした。ただし、その代わり、大きな屋根と小屋の屋根、その隙間から光を取り入れることにしたのである。そのねらいどおり、日中、日差しは、大屋根と小屋との隙間から差し込む。また小屋は外からの視線も適度にさえぎってくれる。光を取り込みながら、プライバシーも担保できる、このふたつの屋根ならではの解決法が生まれた。

大屋根の下にある小屋群。右手が玄関の小屋、中央が水まわりと書斎の小屋、左手が主寝室の小屋になっている。写真/傍島利浩
ダイニング・キッチンと子ども部屋のある小屋。大屋根では、折板のあいだに断熱材がサンドイッチされている。写真/傍島利浩

雪と折板の向き

 この大きな折板の屋根であるが、その波目の向きは、梁の方向と直行せず、斜めに取り付けられている。それは、水処理の仕方に理由がある。屋根に積もった雪は、いったんは屋根の上に留まる。それが晴れた日に、日差しによってとかされていくのだが、せっかくの晴れの日に、ポタポタとしたたる水を、玄関にたらしたくないと考えた。そこで、折板の向きを45度振ることで、玄関から反対側に流せることに気がついたのだ。雪解けの水、また日々の雨も、玄関とは反対側に流れる。西側の軒に設けられた雨どいを通って、水は、屋根が地面まで接地する一カ所に集められて、雨水桝に流れ込んでいく。
 こうして、玄関の軒樋をなくすことができたため、折板のヒラヒラとした断面形状がそのまま見え、この家の特徴にもなっている。屋根の一部には、メッシュやポリカーボネートをスリット状に入れることで、大きな屋根ながらも、その下に光が差し込む配慮もされており、屋根のアクセントともなっている。一見、突飛とも思えるこの屋根の形状も、こうした設計の経緯を聞くと、自然に対する素直な造形の結果なのだと気づかされる。

玄関脇の寝室。各部屋が小屋の形状をしているため、天井も家型になっている。写真/傍島利浩
1階のキッチンとダイニング。傾斜地に立っているため、窓からは遠くの山並みまで見通せる眺望が開けている。写真/傍島利浩

友だち未満でなんでも言える関係

 しかし、大屋根をかけるという大胆な設計を、建主はすぐに受け入れてくれたのだろうか。ほかにはどんな案があったのかと質問すると、予想外の答えが返ってきた。「代替案などありません。私たちが提案するのは、いつもひとつだけ」と三宅正浩さん。事前に十分に建主の要望を聞けば、自ずと案はひとつになっていくのだ、と言う。そうしたプロセスが踏めるのも、パートナーである吉本英正さんの存在が大きい。吉本さんはプロジェクトマネジャーという立場で、三宅さんとともに事務所を共同で立ち上げた。「他業種であれば、本当は営業の方や、マネジャーがいるものです。技術屋であり、芸術家でもある建築家が、マネジャーまで行うと、どこかで矛盾をきたしてしまうのではないでしょうか」と語る。
 さらに、ファイナンシャルプランナーとしての顔ももち、土地探しから依頼されることも多い。建主だけで土地探しを行うと、どうしても土地にお金をかけすぎて、それが工事費を圧迫してしまうなど、そのバランスに苦労する。設計事務所が、土地探しからフォローすることができれば、その場所にあった家のイメージを一緒に描きながら、予算のバランスを考えることができる。この家も、そうして敷地を選ぶところから始まった。いくつかある候補のなかには、より広い面積の土地もあったという。決め手となったのは、高台から西側に開けた、森のような史跡公園への見晴らしだ。この景観を生かすことで、狭いながらも、それ以上に開放感のある設計を提案することができたのだ。
 さて、土地が決まり設計に入ると、じっくりとヒアリングを行う。全体的な要望を聞くことから始まり、趣味は何か、将来どんな生活を望んでいるかと、時間をかけて聞き出す。それによって、本当に必要なものを見きわめていく。ヒアリングには、建築家の三宅さんも同席するが、基本的には吉本さんが一手に担うことにしているという。吉本さんによれば、その秘訣は「友だち未満で、なんでも言える関係」。1対1で信頼関係は築きつつも、少し離れた存在の専門家であることが秘訣だという。事務所に戻れば建主の代理人として、時に事務所内では三宅さんと激しく意見を闘わす。まるで、事務所内にいつも建主がいるような感覚であろう。
 少々大胆な提案も、事務所内にいる吉本さんという「建主」の事前チェックがすんでいるからこそ、本当の建主に対しても堂々と提案できるにちがいない。

家族だけが共有するがらんとした空気

 この家には、3世代が同居している。設計に入るにあたっては、やはり吉本さんによるヒアリングが行われた。ご主人の好みから少々無骨な折板の大屋根が、また奥さまの好みからかわいらしい小屋の立ち並ぶ現在の原型が、そのヒアリングのなかから着想されたという。また、家の格好に対するイメージと合わせて、建主からは、それぞれの生活をじゃますることなく、いつもなにげなく顔を合わせる、気を使わない同居がしたいという要望があった。そうした夫妻の要望は、二重の屋根のつくり方に反映されている。
 リビングにいると、まわりを家型の小屋に囲まれているからか、屋外にいるかのような不思議な錯覚がある。そこに、大きな屋根がかけられることで、なくすことができたものがある。それは廊下だ。一般的に、部屋と部屋とは廊下を介して結ばれている。あるいは日本家屋のように、襖を隔てて部屋同士が隣接する。しかし、この家は違う。小屋から、一歩踏み出せば、そこにはがらんとした空気が上空まで漂っている。小屋と小屋とは、この空気を介してつながっている。誰のものでもない、この場所こそがいわば家族のためだけに用意された「外」。そこに漂う、家族だけが共有できる空気は、言葉を交わさずとも、家族を結びつけている。

2階の書斎から、小屋の外のリビングを見る。各小屋の窓には縦軸回転の窓が設けられ、戸締まりすることができる。写真/傍島利浩
中央に配置されているリビング。各小屋の「住人」が集うパブリックなスペース。写真/傍島利浩
  • 吉本英正氏の画像

    吉本英正Yoshimoto Hidemasa

    よしもと・ひでまさ/1974年徳島県生まれ。97年神戸大学経済学部卒業。97~2003年積水化学工業近畿住宅支店。03~06年同社化学品部門。06年y+M design office共同設立。おもな作品=「滑の家」(11)、「軒下の家」(13)、「折り壁の段床」(15)。

  • 三宅正浩氏の画像

    三宅正浩Miyake Masahiro

    みやけ・まさひろ/1974年島根県生まれ。97年大阪市立大学工学部土木工学科卒業。97~2002年積水化学工業近畿住宅支店。03~06年宮本佳明建築設計事務所。06年y+M design office共同設立。14年、成安造形大学特任准教授。