特集

築65年ほどの町家の改修。伝統構法の町家の中に、家型の「小町家」が挿入されている。写真/川辺明伸

2018年 春号 入れ子の家‑ CaseStudy#3‑古い町家の中に、新しい小町家を挿入

作品/「オフセット町家」
設計/大井鉄也

歴史的な街並みのなかでは、古い町家はできるだけ残していきたい。ただ、町家の中は寒い。古い町家を継承しながらも、現代的な暮らしをしていくために、構造補強を兼ね、断熱の施された「小町家」が、組み込まれた。

木之本宿の街道筋に立つ町家の改修。外観はオリジナルのまま。写真/川辺明伸

細長い町家を形式とともに受け継ぐ

 機能と性能、また意匠の向上、そして建物と街並みの継承。すべての要件が合わさることで、「オフセット町家」は必然性をもって生まれた。
 琵琶湖の北東に位置し、北陸と近畿を結ぶ北国街道の宿場町として栄えた滋賀県の木之本。商家が続く街道の、端に位置する2階建ての建物が改修された。この建物は65年ほど前に建てられたもので、地方の町家の形式を引き継いだ配置と内部空間をもつ。敷地の間口は12m、東西方向の奥行きは50m。街道側には接客空間が面し、敷地奥に向かって長い通り土間が貫き、生活空間と庭が配されていた。改修設計をした大井鉄也さんは「少しずつ手を加えながらも、元の形式をできる限り維持するように努めました」と語る。
「この地域で住みつづけるにあたって、家をつないでいこうと思った」と言うのは、建主の西村さん。生まれ育った地元で、人気のベーカリーの工場長として働く西村さんは、曽祖父母が建てた家を引き継ぐことに。接客空間で目にする水色や黄色に塗られた漆喰壁、立派な一本物のケヤキの梁などは、想いを込めて丁寧につくられたことを物語っていた。しかし、西村さんが子どもの頃から遊びに来ていたときの思い出は、暗くて寒いイメージ。また、小さな子どもたちを含めて家族4人で暮らすには、1階だけでは狭く、2階も含めた全体だと広すぎる。何より、しばらく空き家となっていた家すべてを改修していくと仕上げは別物になるし、コストが膨大にかかってしまう。大井さんと西村さんは、するべきことの重要度を見きわめ、優先順位を決めていった。
 街道側の外観では、ベンガラや漆喰を塗り直した。景観条例にもとづく補助金を受けられたこともあり、あえて補修程度としている。玄関を入った土間に続く通り側のスペースは、畳間を廃して土間空間に。床組のシロアリ被害が大きかったことと、椅子座に対応できるようにするためだ。街道に沿った表土間の空間には、もともとここで使われていたソファなどが置かれている。表土間に隣りあう奥には、畳敷きの続き間を残した。このエリアまでは、街の人が集まるときには開放される。ここから奥が施主家族のプライベートゾーンで、視線を制御する熱線反射ガラスや扉で仕切られる。そして通り土間は、手前の玄関土間からLDKと水まわり空間をつなぐようにまっすぐにのびている。

1階畳間から表土間を見る。写真/川辺明伸
前室から畳間を見る。床の間のある畳間1と畳間2とが続き間になっている。写真/川辺明伸
表土間。地域の人が集まれるパブリックスペースになっている。構造補強の筋かいは、新しい材料であることがわかるように白く塗装している。写真/川辺明伸
玄関から見た通り土間。写真/川辺明伸

新旧を共存させる「小町家」計画

 通り土間がほぼ元の状態であるのに対して「小町家」と大井さんが呼ぶ生活空間は、新たにつくられたもの。敷地の形状に沿ってゆるやかに傾斜のついた通り土間を見通すと、外壁側の既存壁は柱の現れた真壁で、小町家側は合板の張られた大壁が続く。小屋組が現しとなった通り土間の上部では、屋根瓦の一部がガラス屋根に葺き替えられ、天空からの日光が射し込む。新旧が共存する印象的な土間を進んで小町家の中に入ると、LDKが一体となったワンルーム空間が現れる。元は床が同一レベルであったが、敷地の傾斜に沿って床面は段々状に設定。床組みの損傷が進んでいたことから、改修時には上部構造を持ち上げて基礎コンクリートも打ち直されている。庭側には縁側が続いていたが、LDKに取り込まれた。そのぶん、通り土間側では奥行きのある収納が設けられている。
 この小町家は、床と壁に高性能グラスウール、床に押出法ポリスチレンフォームが施され、断熱された外皮をもつ空間である。一方で、既存の町家や土間には断熱材を施さず、空調も基本的にはしない半屋外空間とされている。「既存の建築物と離し、浮いたようにするという意味で、オフセットという言葉を使いました」と大井さんは説明する。両者を明確に切り分けることで、既存の町家、土間の仕上げや性質を持続させることができる。同時に、普段は小町家という小さな空間で住むことで、改修にかかる初期費用だけでなく冷暖房にかかるランニングのコストを抑えることができる。「快適で軽やかに暮らす、現代的な町家を目指しました」と大井さん。なお、LDKの奥には洗面脱衣室と浴室、トイレが続く。このエリアも小町家として設計されたもので、断熱性を確保。リフレッシュされた機器や水栓金物とともに、水まわり空間を毎日気持ちよく楽しんでいるという。

1階の「小町家」の内部。天井や壁面では、グラスウールの断熱が施されている。床には、床暖房パネルを舗設。写真/川辺明伸
1階の「小町家」の内部にある食堂・台所。床の円形部分には今も使用している井戸がある。写真/川辺明伸
左手の通り土間の隣に、右手の「小町家」が挿入されている。中央の厚い壁のところで、構造補強も兼ねている。写真/川辺明伸

オフセットで生じるズレとつながり

 オフセットという言葉には、基準となる線から距離をとる意味合いもある。その意味と効果をより意識できるのが、2階部分だ。和室と物置のあったスペースは、半外部の板の間と納戸、トイレ・洗面、そして2つの寝室に分けられた小町家に改修。小町家が街道側に納められることで、2階の空間の重心は庭に面した板の間側に移動。そして小町家の天井には、既存町家の屋根勾配に合わせて傾斜が付けられ、隙間をあけてつくられた。断面で見ると、まさに「町家の中の町家」。板の間で見上げると、小町家の上部で斜めに視線が抜けて広がりが感じられる。屋根下地のスギ板は適宜張り替えられ、既存瓦の合間にはガラス瓦がここでも設けられた。ガラスを通して降りそそぐ日光は、アルミ粉配合のシルバペイントで塗られた小町家の傾斜屋根や壁の外側に反射し、板の間をぼんやりと照らしている。
 なお、2階小町家の床面は板の間よりも325㎜上げて設定され、1階の表土間と板の間はつながっている。1階と2階の半外部空間同士で、視線や空気が通ることが意図されたためである。また「寝室から板の間側を見ると、中庭の地面も視界に入り、中庭が以前と比べてより近くに感じられるようになった」と大井さん。床の高さの再設定に合わせて寝室の窓は、元は腰壁付きの高さであったものが掃き出し窓とされた。そして既存開口部には、内窓タイプの断熱サッシが付加されて断熱性が確保されている。

「小町家」はアルミシルバペイントで塗られている。古いものと、新しく挿入したものとが、はっきりとわかるように区別したため。写真/川辺明伸
「小町家」内部の寝室1。既存の木製建具の内側に、断熱性能の高い内窓が新設されている。写真/川辺明伸
「小町家」内部の寝室2。将来は子ども部屋になる予定で、壁は黒板仕様。写真/川辺明伸

小町家が街とのつながりも生む

 既存の町家と土間を半屋外ととらえてつなげていった結果、自然の風が通り抜ける家となった。玄関土間上部や階段部分は吹抜けになっており、表土間と2階板の間もつながっているので、上下階の温度差で空気が流れる。「春、夏、秋は本当に快適ですね。夏もエアコンはほとんどつけません。子どもたちは家の中を走りまわっています。この家では初めての冬を迎えていますが、『ああそうか、ここの冬は厳しかった』と実感し、小町家の中で過ごす時間が長いですね」と西村さんは笑う。この地域では雪が多く降ることもあり、元の町家部分はさすがに冷え込む。そのぶん、床暖房のあるLDKや、エアコンが個別に設置された小町家では暖かさが身に染みるように感じられるという。
 そして西村さんにとって、家族の快適性と同じほど重要な意味をもっているのは、街に対する町家の存在感とこれからの役割である。オフセットされた「小町家」をもって生まれ変わることで、この町家は室内だけでなく街に対しても抜けが生まれ、街との接点がこれまで以上に強まっている。表土間はすでに、地域の「街並研究会」の会場として定期的に使用。これは地元の高齢者が若い人に歴史を伝えていく会として発足したもので、今後のまちづくりにも寄与することが見込まれている。また、地元書店による本の読み聞かせの会やギャラリーとして展覧会も開催される予定だという。
「長い時間を経てつくられた建築は、昔の姿に戻す復原の文脈ではなく、オフセットという手法でより体系的に操作できるのではないか。そんな感覚をつかんでいます」と大井さん。街全体で使われ愛される持続可能な建築の姿は、この「町家の中の町家」から生まれようとしている。

  • 大井鉄也氏の画像

    大井鉄也Oi Tetsuya

    おおい・てつや/1978年滋賀県生まれ。2001年滋賀県立大学環境科学部環境計画学科卒業。03年同大学大学院修士課程修了。03年内井建築設計事務所。09年遠藤克彦建築研究所。12年大井鉄也建築設計事務所設立。12〜17年東京大学生産技術研究所特任研究員。おもな作品=「東京大学生産技術研究所アニヴァーサリーホール」(13、今井公太郎・遠藤克彦と共同設計)、「つるやパン本店リニューアル」(14)、「つるやパン二号店 まるい食パン専門店」(16)。