最新水まわり物語

2025年 春号うねる天井の下に多様なトイレ群
大阪ヘルスケアパビリオン
取材・文/大山直美
写真/傍島利浩



当事者と議論して生まれたユニバーサルデザイン
2025年4月13日から半年間開催される「大阪・関西万博」会場の一角に誕生した「大阪ヘルスケアパビリオン」は、大阪府と大阪市を中心に、地元の産学官民が連携し、大阪の魅力と未来像を体験できる注目の施設だ。2階建ての本館は吹抜けのアトリウムを中心に、楕円の平面の各展示エリアが有機的に重なりあうプランで、全体を鳥の巣のような膜屋根が覆い、屋根からは定期的に水が流れ落ち、循環する。各展示エリアはアトリウムを取り巻くスロープによって結ばれ、ユニバーサルデザイン(UD)を積極的に取り入れている点も見逃せない。
建築の魅力もさることながら、ユニークなのがアトリウムに面した1階に設置されたトイレ。トイレも展示スペースのひとつとして計画され、「誰もが使いやすい、ミライのトイレ」を目指したという。東北福祉大学教授の石塚裕子さんをエキスパートとして、車いす使用者、視覚障がい者、聴覚障がい者、精神障がい者、知的障がい者、発達障がい者と各介助者、LGBTQ、医療的ケア児や子育て中の親など、従来のトイレに不便を感じる「お困りごと当事者のみなさん」22名のメンバーと、大阪府・大阪市が設立した公益社団法人2025年日本国際博覧会大阪パビリオンの担当者、TOTOなどの協力企業の関係者が集まって「UD推進チーム」を結成。さらに設計者や施工業者も加わって、設計段階から10数回もの協議を重ねてきた。複数のグループに分かれ、図面に合わせて各個室のピースを「福笑い」形式で配置して検討したり、床に広げた原寸大の図面の上を実際に歩き、動線や待ち列の位置を確認したりしたという徹底ぶり。
前代未聞ともいうべきプロセスを経てどのようなトイレが生まれたのか。開館前のトイレを取材し、同公益社団法人の北村伸子さん、設計を手がけた東畑建築事務所の平野尉仁さんと武藤優哉さんにお話を聞いた。
みんなが選べるトイレ
平面図のとおり、トイレのプランは明快だ。中央の通路から入ると、まず右手に広いベビーケアルーム。こどもトイレとおむつ交換台、授乳室、ベンチが設置され、母親が乳児に授乳するあいだ、幼児が用を足したり父親と一緒に過ごすこともできる。
通路を奥に進むと左手の壁には各ブースの使用状況がわかるサイネージが設置され、床には待ち列の先頭を示すマークがある。その位置に立つと、正面の壁沿いに左右に並んだ8つの個室ブースが一望できる。左右にブースが4つずつあり、右手の4つは車いす対応のブース。個室によって、介助用ベッド、着替え台、ベビーチェアなど備え付けの設備が異なるが、各扉の脇にピクトグラムが明示されており、わかりやすい。
よく見ると、右端の個室用のピクトグラムのみほかより大きいが、北村さんによれば、ストップマーク位置から最も遠いため、視覚障がい者には見えづらいという配慮から差をつけたそうだ。一方、左側4つの個室ブースは右麻痺か左麻痺かで使い分けられるよう、手すりの位置を変えているが、ピクトグラムも左右反転になっており、一目瞭然。これは武藤さんがオリジナルでデザインしたものだという。
さらに、男女別々のトイレまで確保した意味について、北村さんは次のように語る。
「ワークショップで話し合っていると、目の見えない方は普段使い慣れた狭いトイレのほうが、どこに何があるかがわかりやすいから、男女トイレを使いたいとおっしゃっていましたし、女性のなかには隣の個室に男性が入っていると思うと心理的に用を足しづらい人もいるのではという意見も出ました。一方で、普段、男女が分かれているトイレに入りづらく困っているLGBTQの人が多機能トイレに入ると、外見からはわかりにくく、順番を待つ車いす使用者から、なぜ多機能トイレを使っているのかと訝しまれるといった話も聞きました」




トイレに関して、これまで自分が感じたこともないさまざまな不便さを抱えている人々が大勢いることを知り、さして不便さを感じずに使える人も、彼らのような人も、一緒に並んで自分が使いたいトイレが選択できる──そういう空間を目指したいと考えたと北村さん。ある人の困りごとを解決しようとすると、それがかえって異なる障がいがある人には不便になることもあり、22名のみなさんもワークショップを通じて多様な学びがあったとのこと。一人ひとりが相手の立場に立って真剣に考える機会がもてたことは、貴重な体験だったと振り返る。
平野さんはこう語る。
「今回のトイレは単なるオールジェンダーではなく、何かを切り捨てず選べるようにした点が重要です。マイノリティとマジョリティを転換したというか、どちらかといえばマイノリティにフォーカスを当てた、広い意味でのユニバーサルデザインですね。といっても、決してこれが正解ではなく、オープン後はきっとここが使いにくいといった不満も出るかもしれませんが、そういう意見が出てこないと世のなかは何も変わらない。そのための試みなのです」



角紙管の天井
ところで、内装でひときわ目を引くのが、うねったような天井の意匠やベンチ、壁面などに多用されている四角柱状の素材。武藤さんによれば、これは紙管の一種で、なんと原料は淀川の河川敷に生えるヨシと紙おむつ。TOPPAN、紙管メーカーの日本化工機材、淀川のヨシの再生事業に取り組む地元・大阪のデザイン事務所、アトリエMayが特注で製作したそうだ。
「淀川のヨシは雅楽の篳篥(ひちりき)のリードに使われるなど伝統ある素材です。また、二酸化炭素の吸収や水質浄化の作用もあるのですが、近年は十分活用されず保全が困難になっています。せっかくなら、そうした地元の自然素材を生かしたいという強い想いがありました。一方、ゲル材が入った紙おむつはリサイクルが難しく、これまでは多くが一般廃棄物として捨てられていましたが、パルプの純度としては非常に上質な材料が使われており、そのまま捨てるのはもったいない。そこで、そのふたつを混合した再生紙による角紙管を開発し、内装材として活用したのです。未来では、自然素材やリサイクル材を活用した内装材があたりまえになることも期待しています」と武藤さん。





今回のプロジェクトを通じて感じたこと、このトイレが未来に投げかけるものについて、北村さんはこう話す。
「ここまで先進的なトイレが近い将来、世のなかにたくさん出てくるとは思いませんが、この機会にひとりでも多くの人に、普段何げなく使っているトイレに対して、こんなにいろいろ困っている人がいることを知ってもらえたらうれしいですね」
平野さんにも水を向けると、こんな答えが返ってきた。
「トイレに的を絞り、ここまで大勢にディテールまで話を聞いたことがなかったので、公共施設や学校などの設計においても、もう少し使う人の声を聞けば、トイレに限らず、建築全体がもっと使いやすいものになるのではないかと感じました」
一見さりげないデザインのトイレにちりばめられた小さな工夫の数々。そこには、トイレや水まわり空間の未来を一歩先へ進めるヒントがたくさん眠っているようだ。

-
建築概要
所在地 大阪市此花区夢洲中1丁目1-20(2025年日本国際博覧会会場内) 事業主 公益社団法人2025年日本国際博覧会大阪パビリオン 主要用途 遊技場、展示場、飲食店、物販店舗、事務所 設計 東畑建築事務所 施工 竹中工務店大阪本店 敷地面積 約10,500㎡ 建築面積 約5,000㎡(本館棟) 延床面積 約8,000㎡(本館棟) 階数 2階 構造 システムトラス構造、骨組膜構造、鉄骨造(本館棟) 設計期間 2021年12月~2023年3月 施工期間 2023年4月~2024年10月 -
おもなTOTO使用機器
・パブリックコンパクト便器フラッシュタンク式 CFS498B一式#NW1
・ウォシュレットアプリコットP AP2A TCF5831AUP#NW1
・壁掛壁排水自動洗浄小便器 UFS900WR#NW1
・コンパクト・バリアフリートイレパック UADAK01L1A1AN一式
・ウォシュレットアプリコットP AP2AK TCF5841AUP#NW1
・一般鏡 角形600×900 YM6090A
・コンパクト・バリアフリートイレパック UADAK11R1A1AD一式
・コンパクト・バリアフリートイレパック UADAK01R1A1AN一式
-
北村伸子Kitamura Nobuko
公益社団法人2025年日本国際博覧会
大阪パビリオン
展示・建築グループ
建築整備課長代理 -
平野尉仁Hirano Yasuhito
東畑建築事務所
設計室
部長 -
武藤優哉Muto Yuya
東畑建築事務所
設計室
技師