特集

主室から南側の窓を見る。2階空気室からのやわらかな光と、エキスパンドメタルの庇によって現れる光の模様。写真/桑田瑞穂

2024年 夏号 光のディテール‑ CaseStudy#4 ‑光を集めてととのえる空気の部屋

作品/「光のあみの家」
設計/今村水紀+篠原勲+河合伸昴

光を反射・分散させるエキスパンドメタルの庇。
光を拡散・透過させるアクリル天井。ささやかな住宅の改修のなかで、光の特性を最大限に生かしながら、調整された心地よい光と熱を室内に導く。

光のあみの家 写真/桑田瑞穂
上から見下ろしたエキスパンドメタルの庇。日光を反射して2階の室内に導く。写真/桑田瑞穂
下から見上げたエキスパンドメタルの庇。光を通しつつ、雨はさえぎることができる角度に調整。写真/桑田瑞穂

 この住宅を訪れて最初に目にとまるのは、大きく張り出したアルミの庇だ。日光を反射して、2階の立面を明るく照らしつつ、1階の空間には網目模様の影を落とし、絶え間なく家の表情を変化させていく。「光のあみの家」という名前も、ここに由来しているのだろうか。

家族に合わせて空間をととのえる

 「光のあみの家」は、世田谷区の閑静な住宅街にある。近隣の寺社が周辺一帯の土地を所有しているため、ゆとりのある区画や十分な幅員の道路、境内とその周辺の豊かな緑といった、良好な環境が長らく維持されてきた。
 施主は両親と子どもの3人家族で、この地で築約50年の木造住宅を購入した。その後設計を依頼したのが、今村水紀さんと篠原勲さん(miCo.)だった。理由は、自分たちで改修設計をした住宅「駒沢公園の家」(2011)に自ら住み、何よりそこでとても楽しそうに暮らしていたから。そんな建築家は信頼できるし、“暮らしの先輩”としてよいアドバイスをきっとくれるだろう、と思えたそうだ。事務所が近隣にあり、対話を重ねながら家づくりを進めていけるであろうことも、決め手のひとつだった。
 当初は、建て替えと改修の双方の可能性が念頭に置かれていたが、結果的には、ほとんど迷いなく改修に決まる。施主のおふたりは、かつての海外生活での経験から、古い建物を修繕しながら住み継いでいく暮らしの豊かさを知っていた。だからこそ、この住宅や庭木たちも、可能な限り大切に受け継いでいくほうが自分たちも心地がよいだろうと、気持ちを再確認したのだった。
 ただ、3人家族に対してこの家はやはり広すぎるし、細かく分けられた個室が手に余ることも明らかだ。そこで、既存の大きな気積は生かしながら、延床面積を減じ、生活にそぐう空間規模になるよう全体をととのえていくという方針が定まった。

2階空気室。スミ7%で印刷した2㎜厚アクリル板の床を透過させることで、1階にやわらかな光が落ちる。写真/桑田瑞穂
2階空気室から1階を見下ろす。写真/桑田瑞穂
2階空気室。エキスパンドメタルからの反射光で窓際の天井が明るく照らされる。写真/桑田瑞穂
2階の窓際。エキスパンドメタルからの反射光が入る。写真/桑田瑞穂

主室を快適にする空気室という仕掛け

 割り切っていえば、この改修の一番大きな目標は、1階の主室を年間を通して快適な場所にすることだ。そのため、まずは最も大きな気積を、住まいの中心かつ風が抜ける南北方向に据えて主室とする。その西側には玄関とキッチンと和室を、東側には寝室と水まわりを納めた。そして2階の大部分を、人のための空間ではなく、熱と光を調整するための「空気室」とした。こうして主室の両側と上部に、外との緩衝材となるような空間(空気層)をつくり、主室を立体的に包み込んだ。
「光のあみの家」にとって「空気室」は大きな特徴のひとつだ。この空間を、主室と同化して吹抜けにしてしまっては、上下階であたたかい空気と冷たい空気がくっきりと2層になってしまう。そのため、主室上部の空気層を塊として維持できるようにしたわけだ。新築では生まれえない、改修ならではのこの斬新な回答は、自邸での経験がアイデアのもととなっているという。
 また、この空気室と主室の境界面にも、独特な工夫がなされた。既存の2階の床を撤去し、代わりにグレーのドットを印刷したアクリル板を一面に敷いたのだ。ドットの密度を変えて印刷したサンプルを何パターンも用意し、実際に現場に敷いて、施主とともに光の透過具合を確認したという。アクリルが透明すぎると光が強くてほこりも目立つし、上下階での視線も気になる。
 反対にグレーの色みが強くなると、空間全体が暗くなってしまう。2階の開口から燦々と差し込んでくる光を、ふわりとやわらかく拡散して主室に届けようと、現場での実験を重ねた。

実験

アクリル床の印刷濃度 提供/miCo.
エキスパンドメタルの仕様 提供/miCo.

アクリル床の印刷濃度(写真1枚目、7%を採用)やエキスパンドメタルの仕様(写真2枚目)を現地で実験し検討した。

エキスパンドメタルの庇のディテール。 写真/桑田瑞穂

エキスパンドメタルの庇のディテール。

エキスパンドメタルの思いがけない役割

 また、主室の南窓に設けたアルミエキスパンドメタルの大きな庇も、この家においてとても印象の強いデザインだ。既存の下見板張りの外壁とは対比的な素材だが、不思議と調和している。元は既存の小さな庇に代わって、庭と主室をつなぐことを意図して設置された。今後、暮らしの移り変わりに伴って新たにデザインできるような、暫定的なものという認識もあった。
 エキスパンドメタルを選んだのは、雨はさえぎりたいが、庇下の空間を暗くしたくもないから。適度な網目によって、少量の雨であればほぼさえぎられ、1階の主室に差し込む光も点状にやわらげられている。アルミの色みも、既存の柱のブルーグレーとの相性がよかった。
 空気室のアクリル板と同様、このエキスパンドメタルの厚みや網目の大きさ、角度もまた、現場で検証を重ねている。そしてその検証のなかで、ある取り付け角度と網の太さの際に、網目が一直線に並び、エキスパンドメタルがまるでフラットな板状となって光を反射するようになることを発見した。こうして庇は思いがけず、2階の空気室に自然光を届け、同時に空気をあたためる反射板のような役割を得た。それは同時に、主室の快適さにもつながった。

主室から庇を見る。エキスパンドメタルの模様が室内に現れる。写真/桑田瑞穂
主室。エキスパンドメタルを通過した窓からの光と、アクリルの床を通過した2階からの光。写真/桑田瑞穂

「光のあみ」はどこにある?

 ここまで見てきたような、直射光をやわらげるためのアクリル板への印刷加工、光を粒状に拡散したり、なめらかに反射させたりするエキスパンドメタルの選択から、今村さんと篠原さんには、目指す光の雰囲気が明確にあるのだと伝わってくる。ガラスやアクリル、アルミやステンレスの鏡面仕上げなど、ふたりの師でもある妹島和世さんがマテリアルの使い方によって生み出す光がとても美しく、やはり影響を受けているそうだ。
 冒頭で触れた「光のあみの家」の由来について尋ねると、今村さんと篠原さん、施主のおふたりから、それぞれ異なる答えが返ってきた。ひとつは最初の印象どおり、エキスパンドメタルと光が外壁に落とす、水面のような網目模様を指しているという。その影は主室のカーテンや床面でも揺らめいて、幻想的な光の景色を生む。もうひとつは、主室から見上げたグレーのアクリルの天井が、プールや海の水の中から見上げたときの、きらきらと輝きながら波立つ水面のようだから。施主たちはその景色から、“クラムボン”が登場する宮沢賢治の童話『やまなし』の一節「波から来る光の網が(中略)美しくゆらゆらのびたりちゞんだりしました」を想起したそうだ。

「光のあみの家」は、明快なコンセプトやシンプルなルールで全体を統べた建築のように、ひとことでずばりと表現することは難しい作品だ。こんなたとえはどうだろう。今村さんと篠原さんは、それこそ静寂な水面の適所ごとに、強弱をつけて雫を落とし、大小さまざまな同心円状の波紋をつくっていった。今回の「光のあみの家」とは、その波紋がやがて重なりあうことで浮かび上がった「景色」あるいは「現象」のようなものではないだろうか。
 あたりまえのことだが、建築家は、空間に光や空気の流れそのものを生み出すことはできない。あくまでつくれるのは建物であり、光や風や環境は、その結果としてついてくる。エネルギーの投入なしには、制御や操作をすることさえ、完璧にはかなわない。
 だからこそ、おふたりは、その場所ごとに望ましい光の雰囲気や空気の流れ、温熱の感じ方を明確にイメージし、それに必要なプランニングや設えを、既存の建物と調和させながらデザインしていった。自邸での実体験、事務所が近くて何度でも現場に赴けたこと、リノベーションゆえ実寸のサンプルを使った検証が可能だったこと。さまざまな状況を味方につけて、実直そして丁寧に設計を進めるなかで、今回の光と空間のための仕掛けを発見した。こうして導かれた環境同士がさらに相互に影響しあうことで、予想を超えた諧調をなした。「光のあみの家」は、まさにそんな建築ではないだろうか。

  • 今村水紀氏の画像

    今村水紀Imamura Mizuki

    いまむら・みずき/1975年神奈川県生まれ。99年明治大学理工学部建築学科卒業。2001~08年妹島和世建築設計事務所。08年miCo.設立。24年より近畿大学専任講師。

  • 篠原 勲氏の画像

    篠原 勲Shinohara Isao

    しのはら・いさお/1977年愛知県生まれ。2003年慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。03~13年SANAA事務所。08年miCo.設立。

  • 河合伸昴氏の画像

    河合伸昴Kawai Nobutaka

    かわい・のぶたか/1994年岐阜県生まれ。2019年慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了。19年~ miCo.。

miCo.のおもな作品=「鎌倉の集合住宅」(2022)、「東玉川アパートメント」(21)、「駒沢公園の家」(11)。