特集
2024年 夏号 光のディテール‑ CaseStudy#2 ‑ルーバーからの光が居場所をつくる
作品/「小金井の住宅」
設計/若原一貴
武蔵野の住宅地に計画された若い夫婦のための住宅。
生活の中心となるリビングには複数の窓が設けられている。
若原一貴さんはそれぞれの窓にそれぞれのディテールを与えることで、多彩な光による多様な居場所を創出した。
取材・文/伊藤公文
写真/川辺明伸
8つの窓がある名席と謳われる草庵茶室を京都に訪れたことがある。草庵茶室といえば、2、3歩ですべての壁や天井に手が届くほどの狭さと沈み込むような暗さが通例で、そこに8つの窓があるとはいかにも奇態。隅々まで明るく照らされた室内は風情のかけらもないのではという疑念をもちつつ入ったのだが、実際は壁面の7つの窓はいずれも連子窓か下地窓に障子が張られ、残る1つの天井の突き上げ窓はほんの少し開けられているだけで、室内はやわらかな明るさとほの暗さが適度に交錯する紛れもない草庵茶室だった。
フランス各地に点在するシトー派の修道院のいくつかを訪れたことがある。石づくりというよりは石の塊を彫り込んだようなたたずまいは「華美を排した厳かさ」と形容されるのが常だが、宗教上のきびしい戒律から遠く離れた旅人からすると、聖堂、回廊、共同寝室などの空間は、分厚い石にくり抜かれた開口を通り抜けた外光が、時には強烈な束となって深く差し込み、時には壁や床に反射していっぱいに散乱し、室内は明るさと暗さが交錯して止まない光の饗宴の場と実感されるのだった。
1階をリビングにする利点
早春の朝、若原一貴さん設計の「小金井の住宅」を訪れる。
東西に延びる国分寺崖線(がいせん)(ハケ)を南に下ったところにある落ち着いた住宅地の一画。敷地は道に面する間口が7m、奥行きは17mほどで、三方に隣家がせまる。ここに2階建ての小住宅を据えるとした場合、2階にリビングを配するのが常套。そうすれば大きな開口をとりやすく、日当たり、眺望、セキュリティなどの点で具合がよいからだ。しかし若原さんは、周辺の宅地の庭に豊かな緑があり、すぐ東には神社の森があることから、ここでは接地性を重んじて1階にリビングを配するのがよいと判断した。かつて多くの文人が称揚した武蔵野の光景の残照が脳裏に映じたのかもしれない。
1階リビングの利を生かしているのは次の3点である。
ひとつは、南側の細長いアプローチに沿ってソヨゴ、ハイノキ、アオダモ、キンカン、ナンテン、イロハモミジなどのとりどりの小ぶりの植栽を配し、リビングの大きな横長窓からの眺めに坪庭のような親密な景色を与えていること。
ふたつは、リビングを天井高さ3.8mの吹抜けの空間として、建築面積17坪の住宅のこぢんまりとした外観からは想像しがたい大らかで豊かな居住性をもたらしていること。
3つには、リビングの東側の大きな壁面に異なる性状をもつふたつの窓を設け、前述の横長窓と合わせて、吹抜けを陰翳に富んだ空間に仕立てていること。
以下、リビングに焦点を絞って見てみよう。
窓が居場所をつくる
前面道路からアプローチを伝って13m余りで入口扉にたどり着く。入ると床は黒灰色のモルタル仕上げで、そのまま「テラス」と名づけられた植物の鉢がある小スペースにつながっている。天井高さは2050㎜と極限に近くまで抑えられている。そこから1段、20㎝上がったところがナラ材フローリング、天井高さ3.8m、平面4×4.5mのリビングである。テラスの空間とはあらゆる点で鮮明な対比をなし、開放感がいちじるしい。
突き当たりの東側の壁面にふたつの窓がある。
ひとつは左手の下方にある1.2m四方の横滑り出し窓。枠の上端は1.6mと低く、視線は前面道路の端まで遠く低く延びて広がりを感じさせる。2段になった木の窓台は床から30㎝の高さで、見込み(奥行き)は30㎝ほどあり、腰掛けて和むにふさわしい場所になっている。障子を引き出して閉めると一転、屋外のヤマボウシの淡い樹影が障子にゆらめき、和の気配が濃厚に漂う。とはいえ、窓の正方形や障子の縦長の桟のプロポーションは、和への過度の傾斜を止めているようにもみえる。
窓の手前に丸い食卓が置かれている。いや順序は逆で、食卓の位置が台所とのつながりで定まり、ルイス・ポールセンの照明器具が吊り下げられ、それにぴたりと合わせて窓が配置されているのである。
もうひとつの窓は壁面の右上隅にある。570×1500㎜の縦長で、枠の見込みは40㎝と深く、厚い壁を切り欠いたような趣き。枠と同じ寸法の木の羽板が縦に3枚、外側のガラスに直角に取り付けられていて、朝のやわらかな光は室内深くに届き、昼間の強い光は羽板で適度に抑えられ、反射光が天井面、壁面を舐めるように照らす。漆喰の天井と壁は光を照り返すツヤのある平滑な仕上げではなく、塗り手の痕跡がはっきりとわかる粗い仕上げとされていて、光を半ば吸収し、半ば散らしている。
この窓の真下のコーナーにはソファが置かれている。薄あかりのなかでのんびりとくつろぐのによく、ゆったりと微睡(まどろ)むにはさらによい場所だ。スポットライトがさりげなく設置されていて読書や手仕事の用を助けている。
これら2つの窓のみではやや不足する光量を補っているのが、南側、テラスにまたがって設けられている長さ3300㎜の横長窓であり、北側、造り付けの飾り台の小窓、さらには台所の小窓である。それらは視線をめぐらす先ともなって、静穏な空間にわずかな、しかし効果的な動きを起こす働きをしている。
明暗が混じりあう深みのある空間
リビングには掃き出し窓はなく、部屋幅いっぱいの窓や床から天井までの窓もない。設計者の経験を通して得られた寸法による開口が複数、慎重に配されて、吹抜けの空間に明暗が混じり合う豊かで深みのある場をつくり出している。体験はできなかったが、日が落ちた後には目線から上の空間はうっすらと闇に包まれ、いくつかの照明が温かな輪をなして、住み手を包み込むのだろう。
しばらくソファに腰を落ち着けていると、記憶の底からうっすらと浮かび上がってきたのが冒頭に記した京都の八窓の草庵茶室であり、フランスのシトー派修道院の回廊だった。用途も、時代も、場所も、様式も異なる3つの空間が攪拌され、ひとつに溶けあっていく夢想。それもそのとき限りのことで、時間が変わり、季節が移れば、また別の経験が脈絡なく呼び戻され、新たな夢想に誘われるのだろう。均質な光が支配する空間では生まれようがない不可思議な力が、この吹抜けには備わっている。若原さんの設計が借りてきた要素の寄せ集めではなく、多様な経験と知見が幾重にもろ過された先に独自のスタイルへと昇華したものだからだろう。
吹抜けはテラス、台所、さらに2階の4畳半の和室ともつながっていて、住まいの全体が回遊性の高いワンルームといえる状態となっている。それが吹抜けの空間を行き止まりの閉じた場となることから救っている。それを可能にしている背後の仕掛けがヒートポンプ式の輻射冷暖房システムだが、本題を外れるのでここでは詳述しない。
この住まいのそこここにはガラスや焼き物の器、キルティング、絵画、掛け時計など、住み手のセンスによって選び抜かれた愛らしい品々が置かれている。かつて谷崎潤一郎は「闇」が幾重にも塗りこめられたのが漆器であると記したが、ここの品々もそれぞれに場所を得て、微妙に異なる光を吸い込み、あるいは溜め込んで固有の表情を呈し、暮らしに味わい深い奥行きをもたらしている。
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若原一貴Wakahara Kazuki
わかはら・かずき/1971年東京都生まれ。94年日本大学芸術学部卒業後、横河設計工房入社。2000年若原アトリエ設立。19~22年日本大学芸術学部デザイン学科准教授。22年~同大学教授。おもな作品=「南沢の小住宅」(12)、「恵比寿の五角形」(18)、「リンボクテラス」(23)。