最新水まわり物語

38階 PARKROYAL Suite 南東隅の特徴的な部屋。バスルームがガラス張り。オーバーヘッドシャワー付き。 写真/川辺明伸

2023年 夏号世界有数の繁華街、歌舞伎町の水まわり

東急歌舞伎町タワー

南側から見た外観。 写真/川辺明伸
東側から見た外観。 写真/川辺明伸
外装デザインのディテール。噴水をイメージしたもので、永山祐子氏のデザイン。 写真/川辺明伸

歌舞伎町に現れた超高層複合施設

 今年4月14日、話題の超高層複合施設「東急歌舞伎町タワー」が開業した(ホテル開業は5月19日)。地上48階地下5階建てのビルは大規模開発では珍しく、オフィスがなく、おもにブランドの異なるふたつのホテルと、映画館、劇場、ライブホールといったエンターテインメント施設からなる超高層複合施設。設計は久米設計・東急設計コンサルタント設計共同企業体。
 東急といえば渋谷が本拠地だが、じつは新宿とも浅からぬ縁がある。戦後、焼け野原だった現在の歌舞伎町に繁華街をつくりたいと尽力した町会長の鈴木喜兵衛や東京都建設局の石川栄耀をはじめ、複数のメンバーがいたが、そこにかかわったのが東急グループの事実上の創立者、五島慶太であり、五島とともに昔この地にあった新宿東急文化会館をつくりあげたのが、五島の義弟である久米設計の創業者、久米権九郎だった。
 約70年近い時を経て、奇しくも両社がタッグを組み、跡地に歌舞伎町の新しいシンボルをつくることになったのだ。
 本プロジェクトは都市再生特区と国家戦略特区の認定を受けている。これまでの大規模開発は、交通拠点との接続といったハード面の整備によって、容積緩和を受けるケースが多かった。しかし、今回はそれだけではなく、歌舞伎町という類い稀な「観光資源」を生かし、街の魅力を高める核となる建物のあり方を考え、エンタメ系やホテルを充実させるといったソフト面が、自治体が目指す「世界のエンターテイメントシティ歌舞伎町」に寄与する計画と認められたことが容積率の緩和につながったという。
 当初から今回のプロジェクトにかかわってきた久米設計の井上宏さんはこう振り返る。
「昔まちづくりにかかわった人びとの先進的な考え方から、歌舞伎町の第一歩が始まった歴史をあらためて感じました。だから、われわれも単に建物をつくるのではなく、どうすれば未来の歌舞伎町がよくなっていくかを、事業者のみなさんと長い時間をかけて考えていったんです。これだけ資源が豊かな街をそのまま縦に伸ばしたような街の核となる建築をつくれば、歌舞伎町がさらに発展すると信じて突き進んでいった感じでしたね」
 噴水をイメージした特徴的な外装デザインを手がけたのは、建築家の永山祐子さん。東急の河添麻以さんによると、まだ超高層のデザインを手がけたことがない次世代建築家に依頼したかったことと、男性的な西新宿の超高層に対し、もっとエンタメ感あふれる女性らしいデザインにしたかったことが起用の理由だそうだ。
 井上さんによれば、同タワーは細かいピッチで柱を立てるホテルの下に、映画館や劇場といった柱のない大空間が入るため、構造上の切り替えが難しく、苦労したという。「斜柱」と呼ばれる柱をうまく活用し、力を柔軟に斜めに受け流すという、特殊な構造フレームによって対応している。

38階 PARKROYAL Suite ベッドまわり。ベッドの足元に窓があり、朝一番から絶景を楽しめる。 写真/川辺明伸
38階 PARKROYAL Suite ビューバスからの眺め。フルハイトの開口部から都市の風景を見渡すことができる。 写真/川辺明伸
38階 PARKROYAL Suite 開放的な部屋だが、トイレは囲われている。 写真/川辺明伸

シャワーだけでも十分な歌舞伎町のホテル

 タワー内にはブランドの異なるふたつのホテルがある。18、20〜38階が歌舞伎町を遊び倒したい若い世代向けの「HOTELGROOVE SHINJUKU, A PARK ROYAL Hotel」、18、39〜47階が超富裕層向けの「BELLUSTARTOKYO, A Pan Pacific Hotel」という構成だ。いずれも東急ホテルズ&リゾーツが運営する新ブランドで、今回取材したのは前者。地域に根ざした歴史や文化、歌舞伎町でしか味わえない体験ができるホテルを目指したと語るのは、先ほどの河添さん。
「歌舞伎町というと、ネオンやカオスや派手さをイメージしがちですが、そういうものを味わいたいならリアルの街に勝るものはないので、ホテルは余韻に浸れるアパートメントのような落ち着きが感じられる空間にしたいと考えました。ニューヨークで遊び疲れてホテルに戻り、ホテルは街と違って落ち着いているんだけど、窓からイエローキャブが通るのを見たりパトカーの音を聞いたりすると、あ、自分は今、ニューヨークにいるんだなと実感するような、そういったホテルでの体験が、意外と、旅の記憶に刻まれたりするんですよね」

29階 Deluxe Twin 一般的なツイン。ベッドが眺望のよい窓側に向けられている。手前にシャワーブースとトイレ。 写真/川辺明伸
29階 Deluxe Twin バスはないが、透過性のある高級感漂うシャワーブース。 写真/川辺明伸
29階 Deluxe Twin ツインベッド。奥の入口まわりにシャワーブースとトイレが並ぶ。 写真/川辺明伸

 各客室には窓辺にベンチやサイドテーブルが置かれているが、それもそうした余韻を味わう場としてしつらえたもの。また、ビビッドな幾何学模様のカーペットなど、特徴的な内装は旧新宿東急文化会館が竣工した1950年代のミッドセンチュリーモダンを現代風にアレンジして取り入れたという。
 今回撮影した3室以外にも、3〜4人で泊まれる部屋など、個性的なプランが非常に多いのも同ホテルの特徴。高層棟は風を受け流すべく、平面が長方形の対角を切り落としたような形状をしており、部屋割りの際、先細った南北に変形の部屋をつくらざるをえず、じつは与件を逆手にとった苦労の賜物だそうだ。
 たとえば、38階の「PARKROYAL Suite」は変形した南東の平面を生かした角部屋で、カーブしたワイドな窓に面してビューバスとリビングエリアを配置。国立競技場やスカイツリー、東京湾まで遠望でき、都心の風景が堪能できる。
 また、「Accessible Twin」も北東隅にあり、車いす対応の客室だが、大きな引き戸を開けると全面開口に面して洗面台が配され、ことさらにバリアフリー仕様であることを感じさせないデザインが好ましい。
 ちなみに、もうひとつのホテル「BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel」にはさらなる数のビューバスの部屋があるという。井上さんによると、外装のガラス壁にじかに接した浴室をつくるというのは、実は技術的に案外難しく、内側にかかった水が階下に及ばぬよう、取り合いを工夫することで、なんとか実現にこぎつけたとのこと。
 このほか水まわりで特筆すべきは、バスタブのある部屋が少なく、一部シャワーブースのみである点。ホテルには寝に帰るだけという客層が多いことを想定し、その分、限られた面積の客室に広がりをもたせたかったと河添さん。
 ただし、シャワーブースを囲む壁面は、単なる透明ガラスでも乳白ガラスでもない仕上げにこだわり、光沢感のあるフィルムを貼っている。

25階 Accessible Twin 北東隅の特徴的な部屋。車いす対応のトイレやシャワーブース。他室と同様に眺望を生かした部屋。 写真/川辺明伸
25階 Accessible Twin シャワーブースは車いす対応のスライド式の扉。 写真/川辺明伸
25階 Accessible Twin シャワーブースからの眺め。車いすに対応しながらも都心の風景を望むことができる造り。 写真/川辺明伸

ハレの場にふさわしいトイレを目指して

 次に、6〜8階の劇場を見学した。
 劇場を担当した東急の鈴木稔さんは次のように語る。
「ここでは演劇に限らず、ライブやアーティストの公演、アニメやゲームを原作とする2.5次元ミュージカルなど、多様な用途に使える場を想定しています。客席数は約900席ですが、1階席は演目に合わせて増減可能で、舞台を縮小して客席を増やしたり花道を出現させたりと、柔軟に対応できます」
 もともと歌舞伎町という地名は、ここに歌舞伎劇場をつくりたいという町会長の思いを反映し、東京都の石川が命名したもの。その後、劇場計画は諸事情で頓挫してしまったが、先人たちのそうした想いを尊重し、舞台には花道やセリなど、歌舞伎のさまざまな仕掛けも用意されているという。
 トイレは6階と7階に1カ所ずつあるが、劇場の1階席に直結した6階のトイレは休憩時間に大勢が並ぶことを想定し、女性トイレは一方通行で通り抜け可能なプランを採用している。
 一方、7階のトイレで目を引くのは女性トイレのパウダーコーナー。映画館や劇場など窓の少ないフロアにあって、あえて西新宿の高層ビル群が一望できる南西の特等席に配置されており、開放感とリフレッシュ効果は満点。しかも、公演によって男女比が大きく変わるため、間仕切り壁の位置をずらせるつくりだそうだ。
「海外の街に行くとよく、広場の前に昔からあるホテルや劇場があって、特別な日におめかしして家族で出かける場になっています。そういう『グランドホテル』がコンセプトだったこともあり、トイレも人数をさばくだけでなく、身支度を調えてまた出て行くような、ハレの場にふさわしいものにしたいと考えていました」と井上さんは言う。
 歌舞伎町の歴史をひもとき、未来を見据えて計画された新しいシンボルタワーの登場によって、懐の深い歌舞伎町という街が今後どう変化していくのか、楽しみに見守りたい。

7階劇場トイレ パウダーコーナー 動線が交わらないように回遊性のある造り。西新宿の超高層ビル群を望める。 写真/川辺明伸
7階劇場トイレ 女性トイレ 劇場のため、多めの個室。奥の壁は可動式で、男女の個室の数を変動することができる。 写真/川辺明伸
7階劇場トイレ 男性トイレ モノトーンの内装。女性トイレも含め、全体的に色使いが抑えられ落ち着いた印象になっている。 写真/川辺明伸
7階劇場トイレ 男女とも同じ仕様の個室。 写真/川辺明伸
7階劇場トイレ 車いすやオストメイトに対応したバリアフリートイレ。 写真/川辺明伸
  • 建築概要

    東京都新宿区歌舞伎町一丁目29番1号
    東急株式会社、株式会社東急レクリエーション
    ホテル、劇場、映画館、店舗、駐車場など
    久米設計・東急設計コンサルタント設計共同企業体
    清水・東急建設共同企業体
    4,603.74㎡
    約3,600㎡
    約87,400㎡
    地上48階、地下5階、塔屋1階
    約225m
    鉄骨造、鉄骨鉄筋コンクリート造
    2017年6月~2019年4月
    2019年8月~2023年1月
  • おもなTOTO使用機器

    3 8 F P A R K R O Y A L S u i t e ユニットバス ESG2130T ウォシュレット一体型便器 CES9251TOKU
    2 9 F D e l u x e T w i n ユニットバス ESG1217T1 ウォシュレット一体型便器 CES9251TOKU
    2 5 F A c c e s s i b l e T w i n ユニットバス JSG1616T
    ウォシュレット一体型便器 CES9251TOKU
    7 F 壁掛大便器セット・フラッシュタンク式
    腰掛式壁給水壁掛大便器 CS530P#NW1
    ウォシュレットPS2A TCF5534#NW1
    低リップUS一体型小便器 UFS900R#NW1
    ベッセル形洗面器 LS916#NW1
    台付自動水栓 TLE26007J
  • 河添麻以氏の写真

    河添麻以Kawazoe Mai

    東急株式会社
    新宿プロジェクト
    企画開発室
    プロジェクト推進グループ
    施設・基盤整備担当
    主査

  • 鈴木 稔氏の写真

    鈴木 稔Suzuki Minoru

    東急株式会社
    新宿プロジェクト
    企画開発室
    プロジェクト推進グループ
    施設・基盤整備担当
    主事(取材当時)

  • 保谷 潤氏の写真

    保谷 潤Houya Jun

    東急株式会社
    新宿プロジェクト
    企画開発室
    プロジェクト推進グループ
    施設・基盤整備担当
    主査(取材当時)

  • 井上 宏氏の写真

    井上 宏Inoue Hiroshi

    株式会社久米設計
    開発マネジメント本部
    ソーシャルデザイン室
    室長