森村市左衛門は福沢諭吉の「一国の自主独立のためには商業が重要」との
言葉に共鳴し、自らも最愛の弟である豊を単身アメリカに送り出します。
やがて豊は陶磁器が有力な商品となることを確信し、日本に伝えます。
そして大倉和親らとともに製陶業に乗り出します。その清廉な生き方には
国家に対する貢献の姿勢が貫かれていました。
人は、人に対して会社に対して、常に貸し方に立っていなければならない。自分が受ける以上のものを
貸しておく。それも「天に貸す。」という思いで働いていれば、いつかはきっと報われる。
直言しないで、蔭口の多いところでは決して事業は繁栄しません。
元来、直言というやつは正直で親切で、そして忠義の人でなければできない仕事です。世間普通の人は、
みな心にもないお世辞を使いウソをついております。それほどにないにせよ、目(ま)の当たり悪口(あっこう)
はせぬが常であります。こういう者に限って親切とか忠義とかそういうような考えはない。