1909年、日本陶器に入社した江副孫右衛門は、同社の技術陣が
なしえなかった純白の八寸ディナー皿の製造に成功します。
大倉和親の信頼はあつく、日本ガイシ、日本特殊陶業の社長を歴任。
戦後は労働争議で荒廃したTOTO の経営を託されますが、「良品と均質」を
社内に厳しく求めることで再建を成功させました。
会社の立場から見れば千個つくって1個不良品が出たとしても、そのパーセンテージは0.1にすぎないが、
その1個の不良プラグを買ったユーザーの立場からすれば100パーセントだ。
1個の不良品さえ許せないのに、均一性の欠けている商品を売り出すわけにはいくまい。
まず第一義に考えねばならないことは会社の繁栄ということであって、東陶人はみな事業と一体になって
その任務を全うし、自分の仕事を誠意をもって完逐することによりわが社の繁栄に寄与し、その繁栄が
東陶に関係するすべての人に直接間接に帰趨(きすう)するという在り方、考え方が大切と思う。
会社がよくならねばお互いも良くならないという一貫した考え方を要約すれば「愛業至誠」ということである。