• 2. 海外市場開拓の歴史-先人の想いを胸にそれぞれの国・地域に根ざしたグローバル企業を目指す
  • プロローグ 海外事業はTOTO創立の原点
  • 1917(大正6)年1月1日、小倉工場の定礎式に当たり、創立者である大倉和親は自ら「定礎の辞」を起草し、決意を示している。その末尾には、
「誠実に事を臨むことを誓い欧州の製品を凌駕し、世界の需要に応えてますます貿易を盛んにすることを決意する」ことがうたわれた。つまり、海外市場への進出は、水まわり製品の製造普及による社会貢献と並ぶ、TOTO創立の原点なのである。
  • 小倉工場 定礎の辞
  • 「世界の需要に応えてますます貿易を盛んにすることを決意する」と記された定礎の辞
  • プロローグ TOTO創立の原点と海外事業の原点
  • インドネシア事業への挑戦
  • 創立時から食器や衛生陶器の輸出をおこなっていたが、海外進出の原点となったのは、1977(昭和52)年に着手したインドネシア事業であった。輸入代理店であった現地資本との合弁企業SURYA TOTO INDONESIA(STI)の設立が合意され、工場の建設業者、資材調達のための現地調査も進められた。インドネシア出向の第一陣の8人が現地に向けて旅立ったのは、1978(昭和53)年1月のこと。一行が到着してみると治安の悪さは事前の情報を上回るものだった。電力はディーゼル発電、水の確保は井戸掘りから、通信に至っては無線のモールス信号という状態。インドネシアでの事業は、まさにゼロからの出発だった。
  • 第一陣出向者と工場建設チーム
  • ゼロからの出発だったインドネシア事業
  • 事業を成功へ導いた「心の一体感」
  • しかし、合弁パートナーによる誠心誠意の支援、出向者による懸命の技術指導、無料朝食制度など現地の事情に即した施策に加え、対話集会や社員旅行などコミュニケーション機会を確保する継続的な努力が功を奏する。皆が力をあわせ、1つひとつの小さな成功を共に喜び、共に感動しあうことで、生活、習慣、宗教の違いを乗り越え、国は違えど同じ人として接することで「心の一体感」を形成していったのである。その結果、工場稼働の1カ月前倒し、そして3年後を予定していた黒字化の2年前倒しという、これ以上は望めないスタートを切り、その後の発展の礎を築いたのである。
  • SURYA TOTO INDONESIA(STI)の工場
  • 皆が力をあわせ、1つひとつの成功や感動を分かち合うことで、文化、宗教の違いを乗り越えていく。
  • さまざまな違いを越えて理解しあう
  • 価値観をはじめとしたさまざまな違いを越えて互いに相手を理解しあおうとする姿勢の重要性は、海外展開においても今も引き継がれている。そのベースになったのは、当時の社長 黒河隼人からのメモであった。「異文化の地で仕事をするには、自国の文化だけが正しいと信じ、それを相手に押し付けてはならない。相手の国の風俗習慣を理解し“異なること”が必ずしも“悪いこと”ではないことを見出す努力をしなければならない」という趣旨のメッセージが記されていた。出向メンバーは、宣教師の布教の心構えであるこの言葉を、忠実に実践していくのである。
  • 成形工場流込
  • インドネシア事業を通して得た貴重な経験は海外展開において今も引き継がれている
  • 2 海外市場開拓の歴史 ─ 先人の想いを胸にそれぞれの国・地域に根ざしたグローバル企業を目指す
  • 東洋陶器の社名で出発したTOTOは、国内市場にとどまらずアジアをはじめとする海外市場開拓の決意をもって創立された。以来100年以上の時を経て、その土地の企業として認められるグローバル企業への道を歩んでいる。ここにたどりつくまでの歴史には、数々の困難と多くのドラマが刻まれてきた。
  • 第1章 アジア進出を加速させた1980年代
  • 海外事業本部スタート
  • TOTOの海外進出が本格化するのは1984(昭和59)年の海外事業本部設置からである。翌年、TOTOは最重要市場のひとつと位置付けていた中国に営業拠点を置く。中国ではすでに1979(昭和54)年、迎賓館改装時に衛生陶器を受注していた。以降も、北京を中心に進められた超高級ホテルの建設では、TOTOの水まわり製品が多くの受注を獲得していた。中国での活発な動きと並行して進められたのが、アジア各国・地域における合弁企業の設立であった。1986年(昭和61年)タイ(衛生陶器)、1987年(昭和62年)タイ(水栓金具)、韓国、台湾と次々に設立していった。
  • 中国 北京を中心に多くの著名物件、ホテル等にTOTO製品が採用された
  • 第3章 技術とマーケティングの勝利
  • 信頼を得るために、4年で100万回以上の実演
  • 美しいデザインと高い節水性能を知ってもらうためには、お客様に体感してもらうことが一番。各地のキッチン&バスショップ(販売ショールーム)に展示台を設置した。また、TOTOの主力製品を展示した5台のキャンピングカーで全米を回った。後に集計すると、TOTOの営業マンは発売から4年で100万回以上、実演のために洗浄レバーを回していた。こうした地道な活動の継続により、TOTO製品に対する評価と信頼は次第に揺るぎないものとなっていく。ここまで高めたブランド価値を、今後はどこまで他商品へ拡げることができるか。すでにウォシュレット®をはじめ、バス、水栓などへの波及は始まっている。
  • 主力製品を展示し、全米を回ったキャンピングカー キャンピングカー内部での展示の様子
  • 発売から4年で100万回以上、実演のために洗浄レバーを回していた
  • 第4章 長期戦略で挑んだ潜在的な巨大市場
  • ブランド認知は海外進出の第一ステージ
  • アメリカでの挑戦は、お客様もサプライヤーも商品もすでに成熟した市場に新たに参入する困難との戦いであった。その一方で、中国への進出は開拓者のような挑戦となった。北京での工場建設と並行して本格的な中国進出を進めるため、TOTOは中国における「ブランド認知」にも着手した。「ブランド認知」は、いわば海外進出の第1ステージ(図1)と位置付けられており、ホテルや空港、オフィスビルなど、著名物件に製品が採用されることにより、TOTOブランドを現地に定着させようとしたのである。ブランド認知活動とともに、1994(平成6)年3月には中国初の生産拠点、北京東陶有限公司が設立された。このころになると中国の経済成長は顕著であった。そんな中、多くの外国企業は安価な労働力で生産した製品を国外で販売することに注目していた。TOTOは当初より中国を、「潜在的な巨大市場」と捉えていたことから、生産する商品はすべて中国国内で販売していくことを考えていた。
  • 図1 ブランド確立に向けた3つのステージ
  • 第5章 市場浸透を目指して大陸を歩く
  • 丁寧な対話を重ね信用を育てる
  • 生産の拠点を確保したことにより、次の課題となったのは中国全土に販売していくチャネル(商流)の構築であった。だがここでは、中国独特の商習慣に悩まされた。当時の中国では信用払いが主であり、支払いが滞ることも多々あった。そのために、前金制を厳守することとした。だが、まだ認知度が高くない外国企業のTOTOが、見たこともない高級な商品を紹介し、しかも前金支払を要求する未知のビジネスモデルを提示したのであるから、これを了承して取扱店になってくれる企業は、簡単には現れなかった。しかし地道に建材街などを回り、わずかな可能性に賭けて、一軒一軒丁寧に説明していった。そして説明に関心を持った経営者には、中国国内のホテルや空港などの導入例を見せたり、北京の工場を見せた。先進的な例を示し、やがてこれが一般的になっていくであろう中国の未来像を伝えることに意味があった。最後の一押しは、日本のTOTOが使われている現場を見せることであった。こうして少しずつではあるが貴重な販売チャネルを獲得していったのである。
  • 中国の販売店様に説明するTOTO社員
  • 説明に関心を持った経営者には先進的な例を提示し、未来像を伝える
  • 第6章 ブレない戦略でブランド確立
  • 「TOTO=最高級ブランド」の実現
  • 厳しい道のりではあったが、徐々に取扱店は増え、2016(平成28)年現在、代理店は50社ほどである。大きく活路を開くことになったきっかけは、1996(平成8)年ごろから、中国政府が住宅の個人所有を認める方向を示したことであった。人間の常として、持ち家にはこだわりが生まれ、より良い物を大切に使おうという気持ちを抱くようになる。毎日の生活に欠かせない、トイレをはじめとする水まわり製品も例外ではなく、これが高級品の需要を高めることにつながっていった。そのときに真価を発揮したのが、「TOTO=最高級ブランド」としての認知に努めてきたことであった。「高いけれど、やっぱりいい」「TOTO製品なら安心だ」というお客様の声は、高級ブランドへの信頼の証しであった。
  • Kitchen & Bath China 2015
  • より多くのお客様にTOTO製品による豊かな生活文化を体験いただく
  • 第7章 アジア・オセアニアのポテンシャル
  • 市場として、生産拠点としてグローバル戦略の要
  • 2017(平成29)年現在、TOTOは日本、中国、アジア・オセアニア、米州、欧州など、19の国と地域で事業を展開している。その中でアジアは、TOTOのグローバルサプライチェーンの要として、世界中の市場に商品を供給する役割も担っている。2014(平成26)年には新興国市場での事業拡大を目指し、インドのグジャラート州で衛生陶器工場が稼働。成長はさらにスピードアップしている。また生産拠点間の切磋琢磨により、世界に広がるTOTO全体の技術が上がり、高いレベルでの商品の均質が実現されている。TOTOの海外事業には一貫して「Made by TOTO」の思想が流れている。TOTOの工場で作られたものは、世界中どの工場でも、TOTO JAPANで培った高い品質を保証している。それは、日本を含めすべてのTOTOの生産拠点で働く者のプライドなのである。
  • インド工場の開業式 インド工場の外観
  • インドで衛生陶器工場が稼働を開始し、成長はさらにスピードアップ
  • 第8章 今後のさらなる発展に向けて
  • これからも、それぞれの国・地域でNo.1ブランドへ
  • TOTOは、それぞれの国・地域に根ざし、そこで暮らすお客様から必要とされ続ける存在になることを目指している。それを実現していくための思想が、「愛業至誠」であり、「Made by TOTO」であり、働く人の「心の一体感」なのである。先人の想いを胸に、各国で求められるNo.1ブランドの実現を目指して、前進を続ける。
  • TOTO VIETNAM創立10周年の人文字