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ARCHITECTURE FOR DOGS 犬のための建築展

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展覧会レポート
ことの始まりとしての展覧会
レポーター=林千晶


原研哉氏から「犬のための建築展」のレポート作成という大役を仰せつかった。大切な展覧会のレポートを建築家でもない私に頼む意図は何なんだろう?新種のトラップか?……などと、思わず勘ぐってしまったが、どうやらその意図は「インターネット的視点」にあるようだ。

原さんとは過去に何回か一緒にトークイベントに登壇させてもらった。デザイン界を牽引してきたリーダーでありながら、好奇心が旺盛でとてもフランクな方なので、私も色々教わりながらも自分の専門分野の視点では好き勝手言わせてもらっている。例えば「インターネットはビジネスだけでなくライフスタイルの根幹から変革を起こします」「オンラインの著作権プラットフォームであるクリエイティブ・コモンズをつかって、原さんのデザインをもっとシェアしませんか」など、偉そうにインターネットに関わるうんちくを説いてきた。
そう考えると、今回の依頼は「この展覧会に仕込んであるメッセージを、君の得意なインターネットの視点で解読してごらん」という原さんからの謎掛けのようにも思えてきた。
展示会場の様子
© Nacása & Partners Inc.
早速、展覧会に足を運んでみた。白い壁、白い展示台、黒い床。ミニマルな空間に、世界を代表する建築家やデザイナーが犬のためにつくった建築作品が浮かんでいる。まずひとつずつ作品を見て、それから解説を読みこんだ。驚いたことに、私が挑戦していること、目指したいことの多くが、この展覧会ですでに実践されているではないか。会場を後にする時には、「なぜ私に」という疑問は吹っ飛び、この謎掛けを読み解けるのは私しかいない、そんな気分になっていた。ひとつずつ紹介していきたいと思う。

『一、 新結合がイノベーションを生む』

この展覧会がユニークなのは、「犬」と「建築家」という全く関係がないように見える二つの要素を組み合わせたところである。建築家作品は人のため、そんな前提を軽やかに覆し、それでいて妙に説得力があるのが不思議だ。なぜ今まで考えなかったのだろうと疑問に思うくらいに。

ヨーゼフ・シュンペーター曰く、イノベーションの原点は「新結合(New Combination)」である。最新技術で実現する領域だけではなく、既に存在しているありふれたものでも、いままで関連づけられることがなかった要素を組み合わせ、常識という制約から解き放たれ、新しい価値を生み出すことができるのだという。

この展覧会では、犬という誰もが共感できる存在を起点に建築を捉え直すことで、建築の新たな可能性と本質的価値をしなやかにあぶり出している。例えば、犬のための椅子「D-TUNNEL」は、人と同じ高さまで自立的に登れるように、階段のステップは犬のスケールに最適化されている。トンネル型の階段をテクテク登り頂上から顔をのぞかせると、犬と人とが自然に視線があうしつらえだ。尺度の調整機能としての建築。この試みは、異なる体型や異なる能力をもつ人間が共生する際、建築はどのような可能性が提示できるのか……という新しい視点を提供している。そう考えると、この展覧会は犬と建築という新結合から建築の価値を再発見するためのイノベーションワークショップとも言えそうだ。

原研哉氏による犬のための椅子「D-TUNNEL」© Hiroshi Yoda
『一、世界を巻き込むシェア(共有)のデザイン』

作品の建築図面がWebサイトで公開されているのもこの展覧会のユニークな点だ。図面だけでなく制作時のポイントや必要な素材、制作日数まで示されている。図面をダウンロードすれば(器用さも必要ではあるが)誰でもこの素晴らしい建築家作品を複製し、個人的に楽しむことできる。同時に、この展覧会にインスピレーション受けて生まれたアイディアや、実際につくったものを誰でも簡単に共有できるエコシステムもデザインされている。各人のもつエネルギーが連鎖反応を起こし、世界にあっという間に伝播する。刺激をうけた人が想像もしていなかったアイディアにたどり着き、また次のインスピレーションを促す。集合知のダイナミズムが軽やかに取り入れられている。

左:Architecture for DogsのWebサイト 右:制作過程を解説する映像
従来インターネット上で共有されるものは、ソフトウエアやデジタル画像、デジタル音源など「データ(ビット)」が中心であった。しかし、近年のメーカームーブメント(ものづくり革命)は、一般人による「物質(アトム)」のデータ化と再現を可能にしてしまった。レーザーカッターに図面データを取り込めば、複雑な切断加工も一瞬で可能にする。立体作品でさえ、3次元データを制御できるCNCミリングマシンや3Dプリンターで簡単に制作できる時代である。実際、私の友人は早々に愛犬のためにWANMOCKをつくっていた。上手にできたと、完成写真を得意げにメールしてきてくれた。そんな人が世界中に存在しているはずだ。

世界をリードする建築家たちによる、素晴らしいオープンコラボレーションの実践。「君が教えてくれなくても、“シェアの未来”は誰よりも信じていたんだよ」と原さんが語りかけているような気がした。

トラフ建築設計事務所による犬のためのハンモック「WANMOCK」
© Nacása & Partners Inc.
『一、ことの始まりとしての展覧会』

色々と斬新な取り組みが実践されているこの展覧会は、プロジェクトの完成を祝うための場ではなく、ものごとを興すときのはじめの一歩としてデザインされているように思う。展覧会をみて感じたこと、刺激されたことがインターネットを通じて紡がれ、新たなコンセプトを生み出し、世界のどこかで実現する次の展覧会へと繋がる。完成品を見せるための展覧会ではなく、はじめの一歩としての展覧会。これは極めて「インターネット的」だ。進化し続ける永遠のβ版としての展覧会。これからの時代の「ことの起こし方」を示唆している。

さっそく私たちも、この展覧会のメッセージを受け取り、デジタルものづくりの実験場として運営しているカフェ「FabCafe」で、犬のための建築をカスタマイズし、レーザーカッターで出力するワークショプを開催することにした。ひとりが投げた石の波紋が拡がり、大きな円からまた新しい形が生まれ、予想外のアイディアを伴ってまた返ってくる。実に「インターネット的」なできごとは、展覧会の後も続いていくと確信している。

斬新な作品に触発されて、みんなが議論していた
ということで原さんからの知的な謎掛けにこたえる形で展覧会を読み解いてみたが、実は、一番楽しかったのは、犬への偏愛ぶりである。「愛犬が暑がりだから、どうやったら夏でも涼しく過ごせるだろうと考えてつくった」とか「ここからちょこっと犬が顔を出したら愛らしいに違いない」とか、世界の巨匠たちが犬のために試行錯誤しているのだから、なんとも微笑ましい。何より、こんなロマンチックな企画を15年も温めてきた原さんは、どれだけ犬を愛しているのだろう。今度お会いしたら、聞いてみよう。

林千晶 Chiaki Hayashi
株式会社ロフトワーク代表取締役。1971年生、アラブ首長国育ち。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒業。1994年に花王に入社。マーケティング部門に所属し、日用品・化粧品の商品開発、広告プロモーション、販売計画まで幅広く担当。1997年に退社し米国留学。大学院卒業後は共同通信NY支局に勤務。2000年に帰国し、ロフトワークを諏訪光洋と共同で起業。ロフトワークでは、クリエイターネットワークを核に多様なクリエイティブサービスを提供し、学びのコミュニティ「OpenCU」、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」などの事業も展開。現在、米国NPOクリエイティブ・コモンズ文化担当、MITメディアラボ所長補佐も務める。
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編=ARCHITECTURE FOR DOGS, INC
企画・構成=原研哉+日本デザインセンター 原デザイン研究所