2024年4月24日
#浴室プロモーション
今回は、「お掃除ラクラクほっカラリ床」の第2弾。当商品は「ほっとする心地よさ」で絶大な人気を博しています。その秘密は、踏んだとき適度にやわらかく、冷たさを感じさせない「床」にありました。大学との共同研究により、最先端の脳科学の知見に基づいて「ほっ」のメカニズムを解明した研究員の東麻美子さんに、研究の内容を伺いました。
総合研究所 商品研究部 グローバル商品研究グループ
東 麻美子 さん
東京工業大学機械科学科で生体工学を専攻。2016年に入社後は、快適浴槽の研究に従事し、男女の姿勢の違いなどを研究した。ほっカラリ床では、「見た目と踏んだときの感覚のギャップ」と「快適性」の相関を明らかにすることやそのギャップで「心が動く瞬間」を捉えることの研究に携わった。
商品開発に関連し、TOTOはなぜ「脳科学」にスポットを当てたのでしょうか。
東さん(以下、東) TOTOの扱う商品はトイレや浴槽、シャワーなど「体感系商品」が多いので、私が入社する前から、感性工学のメソッドで快適性を評価する取り組みを行っていました。「気持ちいい」などの言葉を統計的に処理する手法です。
しかし、「気持ちいい」という1語に集約された中には、もっと複雑な感情が含まれているはずで、「何がどういいのか」を知るには、もっと何段階も踏み込んで調べる必要がありました。また、体験後にアンケートを記入するまでの間に忘れてしまい、失われる情報も少なくありません。
そこで、体感している時のリアルタイムでの脳の状態を調べてみたいと思いました。
東さんが大学で専攻されていた「生体工学」とは、どのような学問ですか?
東 ひとことで言うと、ヒトの感覚を力学的に解くものです。例えば、スポーツで体を大きく動かしたとき、筋肉がアクチュエータとしてどんな働きをしているか、それが加齢によってどう衰えていくかなどを解明することで、障害や事故を防ぐのに役立てたりします。
数学や物理が得意だったので、東京工業大学第4類(機械工学系)に入学しました。周りはロボットや飛行機が大好きという人たちが大半でしたが、私は興味の方向が少し違うなと感じて、4年次に生体工学の研究室を選んだのです。それでも20人中、女性は2人しかいませんでした。
その研究室がTOTOと共同研究をしていたことからTOTOの研究職に興味を持ち、2016年に入社しました。
ほっカラリ床の研究はどのようにして始まったのですか?
東 最初は先輩方と一緒に、浴槽形状の研究を行いました。当時はまだ女性特有の入浴姿勢の研究は社内では進んでおらず、その男女の姿勢の違いを計測するための技術をつくるところから研究を行い、「男女の入浴姿勢の違い」を数学的に解いたのです。
その次のステップとして、浴室空間全体を心地よくしようと、浴室の床に着目しました。その頃、国の主導によるセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの一つとして、日本の最先端の脳科学研究者と企業が、産学連携で最新知見を社会実装する取り組みが進んでいました。
面白そうと思った私は、そこに積極的に飛び込んでいき、最初は自動車メーカーのマツダとの共同研究で床の質感の定量化に取り組みました。
自動車メーカーとの共同研究は、いかがでしたか?
東 自動車業界の方々のピリッとした雰囲気が、最初はちょっと怖かったです(笑)。水まわり商品を扱うTOTOの、しかも入社3年目の若手である私が、皆さんと対等に研究の議論をすることにハードルを感じました。
それでも、「知りたい」という研究への興味のほうが強かったので、がんばって難しい画像統計の技術を勉強しました。最終的には研究成果を学会で発表※1, ※2したり、COIの研究会で報告したりすることができ、得たものは大きかったですね。
このときの研究は、床材の見た目の質感をシミュレーションするものでしたが、「さらにヒトの心理を深く追究したいなら」と、マツダから広島大学の研究チームを紹介されて、床の見た目と踏み心地に関する研究が始まりました。
TOTOの研究所の一室。モーションキャプチャーシステムによって姿勢の座標を計測する実験装置を備えています
※1 東(小谷) 麻美子,加藤智久,渡邊雅之. 浴室壁柄表面加飾による質感表現が主観とカラーPS統計量に及ぼす影響. 第21回日本感性工学会大会 ポスター発表(2019年9月12-14日)
※2 東(小谷) 麻美子,加藤智久,森井勇次,渡邊雅之. 樹脂素材への表面加飾による質感表現が心理と画像統計量に及ぼす影響. 第20回日本感性工学会大会 口頭発表(2018年9月4-6日)
広島大学との共同研究は、何を目的としていましたか?
東 ほっカラリ床は、「カラリと乾く」と「ほっとする踏み心地」の両面で、お客様から高い評価をいただいています。開発者自身も「浴室で他社とまったく違うのはやはり床だ」と自負していました。「ほっとする」という感覚は、デザイン部門と開発部門の先人たちが、経験値で捉えた心地よさを表現として落とし込んだものです。
その心地よさの理由をサイエンスによって改めて可視化することで、お客様が本当に望む「内なる声」をつかみ、今後の商品づくりに活かすことが共同研究の目的でした。
「ほっとする踏み心地」を解明する実験はどのように行ったのでしょうか。
東 ほっカラリ床の特長の一つである見た目と踏んだ時の「ギャップ」を捉えることに、大脳皮質の中の「島皮質」と呼ばれる領域の活動が関連していると考えられています。そこで、被験者に「硬そうに見える床材」と「やわらかそうに見える床材」の画像を見せながら、硬い床材・やわらかい床材のサンプルを踏んでもらった時のギャップの有無と感情を評価してもらいながら、MRIでその最中の脳を撮像し、活動を計測しました。
つまり、タイル調・ラグ調といった加飾表現から感じる見た目の感覚と、実際に踏んだときに足裏で感じる触感から生まれるギャップをつくることで心(脳)が動く瞬間を捉え,そのギャップの有無が感情に与える影響を調査したのです。そこに、ほっカラリ床の「ほっ」の秘密があると考えたからです。
MRIでは仰向けに寝た姿勢になりますから、実際に浴室で立って床を踏むのとは状況が違います。そこで、練習用の寝台をつくって被験者にあらかじめ練習してもらったり、実験中に疲れないようスタンドで足を吊るといった工夫をしたりしました。
研究で明らかになったことを教えてください。
東 「見た目」と「踏み心地」の基本的な組み合わせを、4パターンつくり実験しました(下表参照)。このうち、被験者が「快」と感じたのは下表の赤枠で囲んだ「①見た目・踏み心地ともに硬い」「④見た目・踏み心地ともにやわらかい」、そして「②見た目が硬く、踏み心地はやわらかい」の3パターンでした。②のパターンでは、見た目と踏み心地のギャップが快感につながっていたのです。
「よい意味で期待を裏切られる」わけですね。逆に、見た目がやわらかそうなのに踏み心地が硬いと、だまされたと感じて不快に。面白いです。
東 もう一つ興味深いのは、「やわらかいほどよい」とはいえない、という結果です。「見た目が硬そうで、踏み心地が超やわらかい」パターンを試したところ、「腐った畳のようだ」と、不快に感じた人が多かったのです。
従来のほっカラリ床は、見た目はタイル調で硬そうですが、ほどよくやわらかい踏み心地が特長でした。この実験によって、お客さまに支持される裏付けができたと思います。また、ちょうどこの頃、デザイン部門では「やわらかそうなラグ調の新デザイン」を検討しており、実験で「見た目がやわらかそうで、踏み心地もやわらかい」が「快」と出たことで、自信を持って商品化に踏み切る判断がなされました。
また、脳の活動を計測したことによって、見た目と踏み心地のギャップが大きいほど、島皮質が活動していることがわかりました。これは学術的にも新しい発見であり、ヒトの脳機能の解明の一助に貢献できたと考えています。※3
※3 東 麻美子, 加藤 智久, 原田 宗子, 笹岡 貴史, 山脇 成人. 視覚と足裏触覚による硬軟感の評価測定システムの構築 ─類似/非類似性が主観評価や脳活動に与える影響解明に向けて─ 日本生体医工学会 2023年61巻6号 p.116-122
日本生体医工学会の生体医工学シンポジウム2023では、「ベストポスターアワード」を受賞されましたね。
東 がんばった甲斐がありました。新たな視点を示唆いただき、このような研究成果につながったことは、根気強くご指導いただいた広島大学の先生方、とりわけ笹岡先生、原田先生(現名古屋大学)のお力添えがあってこそ。学術団体からも認めてもらえる成果になり本当に嬉しく思います。このような研究の機会をいただけたことに感謝しています。
日常生活の中でも研究のことを考えますか?
東 日頃から新しいことを生活に取り入れる意識は持っています。ヨガや岩盤浴をやってみたり、植物を育ててみたり。今は、シダを胞子から育てて、生育を記録しています(笑)。研究のアイデアにつながらないかと、頭のどこかで常に思っていますね。
研究者はみんなそうかも知れませんが、研究を通して得た知見を生活に取り入れることもよくあります。私の場合は、自分の体調を分析して原因を考察し、呼吸法や瞑想、アロマテラピー、キャンプや旅行で大自然に触れるなど、メンタル状態を改善する行動を試しています。
今後、システムバスの研究開発について、目指す方向やイメージをお聞かせください。
東 働きながら子育てをしていると、自分のための時間があまり取れません。私は今、第2子がお腹にいますが、出産後はさらに忙しくなるでしょう。子どもが生まれる前は岩盤浴やスパが好きで、自分で体のメンテナンスができましたが、それも難しくなりました。そこで、自宅で手軽にエステのようなことができるお風呂があったらいいなと思っています。
お客さまがほしいと思う商品をつくることはもちろん大事ですが、その前にまず、自分がほしいと思う商品を、信念を持ってつくっていきたい。それが研究のモチベーションにもつながると信じています。
編集後記
心地よいシステムバスに出会ったとき、「なんとなくいい」と感じることはあっても、その理由がどこにあるのか突き詰める人はそう多くないでしょう。脳科学の知見をもとに、触感と脳の動きの関係性を数値でとらえ、“心地よさ”を可視化する。今回の取材で、そこまでの裏付けが可能だと知り、驚きと同時にさらなる開発の可能性を感じました。システムバスを選ぶ際に参考にしたいデータも、今後さらに増えるのではないでしょうか。
編集者 介川 亜紀
取材・文/三上 美絵 写真/木村 輝(特記以外) 構成/介川 亜紀 2024年4月24日掲載
※『快適はヒトの手から~開発ストーリー~』の記事内容は、掲載時点での情報です。
次回予告
次回は、「お掃除ラクラクほっカラリ床」第一弾、第二弾に続いて、TOTOのバスルームの魅力を紐解きます。乞うご期待!
2024年8月1日公開予定。ご覧いただきまして、ありがとうございます。
これからの『開発ストーリー』を充実させたく、皆さまのお声をお聞かせください。
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